
辻四郎という製作家には、今も特別な思いがある。
僕は時々、辻氏がギターを製作している姿を収めた映像をYouTubeで見返す。
木材に向かい、黙々と手を動かす姿には、何度見ても胸が熱くなる。
特に好きなのは、その表情である。
自分の仕事に迷いがない。
長年積み重ねてきたものへの自信が、その顔にそのまま出ているように見える。
僕にとって辻四郎は、日本のアーチトップ製作を語るうえで避けて通れない職人の一人である。
だからこそ、今回の話には少し引っかかるものがある。
僕のGEM-Bは、「単板削り出し」として売られていた。
現在も辻四郎ギター工房の公式サイトには、GEM-Bのトップについて「シトカスプルース単板削り出し」と記されている。
しかし、辻工房が採用している製法として「半プレス工法」というものがある。
機械である程度のアーチを作り、その後を手作業で調整し、仕上げていく方法である。
僕はこの製法を否定するつもりはない。
音がどう、という話をする気もない。
気になっているのは、ただその呼び方である。
次に欲しかったもの

このGEM-Bを買ったのは、もう四半世紀以上も前のことである。
当時の僕は、ES-335やES-175と戯れる合板小僧だった。
そんな僕が次に狙ったのが、単板からアーチを削り出したギターだった。
店の一角には、ひときわ強い輝きを放つ、しかしずいぶんとくたびれたD’Angelicoがあった。
鷲見があり、寺田のD.J. Argus、そして辻四郎があった。
辻四郎という名前を聞いたのは、その時が初めてだった。
店主からは、辻氏についていくつかの逸話も聞いた。
日本にも、こういうギターを作るビルダーがいるのかと驚いたのを覚えている。
店主が殊更強調していたのは、辻氏が内田勘太郎のギターも作っているということ。そして「CHAKI」という言葉だった。
ただ、当時の僕には、そのどちらもまだ意味のある情報として響いてこなかった。
あの頃の僕にアーチトップの製法を語れるほどの知識などなかった。
ただ、次に欲しいものだけは明確だった。
L-5の説明に出てくるような、分厚い一枚のスプルースからアーチを削り出したギター。
店主からGEM-Bについて「単板削り出しです」と聞いた時、僕はそれを疑わなかった。
欲しかったものが、そこにあると思ったのである。

半プレスという製法
後になって、辻工房が「半プレス工法」を採用していることを知った。
まずプレスによって大まかな形を作り、その後に手作業で削り、仕上げていく。
2016年に「ギターニュース.com」で公開された、小林健悟氏による辻四郎氏の工房取材記事では、12mmの板材をプレス成型してから削るのが辻氏の標準的な工法であり、最高級機では35mmの板材からそのまま削り出す、と紹介されている。
つまり、この二つは同じ製法ではない。
ただし、ここは明確にしておきたい。
僕が所有しているGEM-Bそのものが、実際にどの工程で製作されたのかを直接確認できる資料は、今のところ見つけられていない。
現在の公式サイトには、GEM-Bを「シトカスプルース単板削り出し」とする表記がある一方で、工房の製法については「半プレス工法」と説明されている。
僕が引っかかっているのは、まさにこの二つの言葉の間にある。
どちらも一枚板であり、どちらにも削る工程はある。
だから「単板削り出し」という表記を、完全な間違いだと言うつもりはない。
むしろ、そこが少し厄介なのである。
言葉の一つ一つを見れば、確かに嘘ではない。
むしろ、工房自身が「半プレス工法」と説明しているからこそ、GEM-Bの仕様にある「単板削り出し」という表記が、僕にはなおさら気になるのである。
プレスを使うこと自体に問題があるとは思わない。
製作設備があり、それを使うことで安定した仕事ができるのであれば、製作者として極めて自然な選択だろう。
材料を無駄に削り落とす量も減る。
合理的な製法であることは、むしろ想像しやすい。
それなら、それでいい。
半プレスなら、半プレスでいいではないかと思う。
その言葉によって、辻四郎という職人の仕事の価値が下がるとも思わない。
だからこそ、なおさら気になるのである。
なぜ、厚い材からアーチそのものを削り出したものと、プレス成型した後に削って仕上げたものを、同じ言葉で括る必要があるのだろう。

もし、あの時知っていたら
では、もし購入したあの日、店主からこう説明されていたらどうだっただろう。
「トップは一枚板です。ただし、まずプレスでアーチを成型し、その後に削って仕上げています」
僕はGEM-Bを買っただろうか。
これは、今だから格好をつけて言うのではない。
買わなかったと思う。
いや、間違いなく買わなかった。
半プレスだから悪いのではない。
GEM-Bが悪いギターだからでもない。
僕が欲しかったものが、それではなかったからだ。
あの時の合板小僧が、その次に手に入れたかったもの。
L-5について書かれた説明を読みながら思い描いていたもの。
1インチ以上の分厚い一枚の材から、あの膨らみを削り出していくアーチトップだった。
辻四郎という職人への敬意は、今も変わらない。
それと、この話は別である。
もし四半世紀以上前のあの日に戻り、製法を知ったうえでもう一度選べと言われたら、僕は買わない。
僕が欲しかったのは、
注釈のいらない「単板削り出し」だった。

参考資料
辻四郎ギター工房「S.Tsuji Gem-B」商品情報。「トップ:シトカスプルース単板削り出し」と記載。
辻四郎ギター工房「辻四郎ギターの特色」。「半プレス工法」について、機械である程度の形を形成した後、手作業で調整し仕上げる製法と説明。
小林健悟「辻四郎ギター工房に迫る職人技」『ギターニュース.com』2016年10月7日公開。辻四郎氏の工房を訪問した取材記事。同記事では、12mmの板材をプレス成型して削る方法を標準的な工法とし、最高級機では35mmの板材からそのまま削り出すと紹介されている。

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