1947年製 D’Angelico New Yorker のリペアが完了しました。
↓リペアに至る経緯↓
New Yorker のリペアが完了したとの連絡を受け、引き取りに行ってきました。
いつも前置きが長いので、今回は謹みます。
まずはバインディング。
Before

After

続いてピックガード。
Before

After

いや、これはもう見事です。
とても美しく仕上げていただき、本当に幸せな気持ちになりました。
そしてもうひとつ、今回とてもありがたかったのがペグです。
動きの悪かったペグについては、当初、類似品への交換をお願いしていました。
しかし松原さんが「オーバーホールで何とかなるかもしれません」と粘ってくださり、結果としてオリジナルのペグをそのまま残すことができました。
1947年のD’Angelicoに付いていた部品が、そのまま今も機能しているという事実には、やはりそれなりの重みがあります。
私以上にその部分を理解下さっている松原工房の松原さんには頭が下がります。
松原さんにお願いするのは今回で2度目になります。
最初にお願いしたのは、もう10年以上前のことでした。
90年代のBenedettoのネック・バインディングの手直しをお願いしたのですが、その仕上がりが本当に丁寧で、以来、お人柄も含めて信頼できる方だと強く感じています。

大して弾きもしないくせにリペアだなんて、いったいどういう面持ちなのか。
自分でも少し思います。
ギター店のご主人からも軽く嗜められました。笑
ただ、このギターを手に入れてから、もう18年になります。
さすがにここまで来ると、遠慮が抜けた、または償却し切った、とでも申しましょうか、そのような気持ちも出てきます。
その上で「そろそろきちんと手を入れておいてもよいのではないか」
そんなふうに思えるようになった、というのが正直なところです。
もちろん、これで急に私がこのギターを弾き倒すようになる、ということはないでしょう。
そこはまあ、残念ながら自分のことなのでよく分かっています。
ただ、それでも良いのだと思います。
ギターは弾かれてこそ、という言葉は正しい。
まったくその通りです。
しかし同時に、こういう楽器には、ただ手元にあり続けることにも意味があるのではないかと思うのです。
時々ケースを開ける。
古い木の匂いを嗅ぐ。
戦後間もないニューヨークで作られたこのギターの姿を眺める。
そして、相変わらず自分には少し大きすぎる楽器だな、と思う。
それだけでも、私にとっては十分に贅沢な時間です。
今回のリペアで、このD’Angelicoはまた少し先へ進める状態になりました。
私がこのギターをどれほど使いこなせるかは、正直なところ怪しいものです。
しかし、少なくとも次にケースを開けたとき、劣化や不安を気にするのではなく、きちんとこのギターそのものと向き合える。
それがとても嬉しいのです。
1947年製 D’Angelico New Yorker。

手に入れてから18年。
ようやく少しだけ、こちらの気持ちが追いついてきたのかもしれません。
松原さん、このたびも本当にありがとうございました。
