独り言

「〇〇だけで酒が飲める」とは何なのか?

「〇〇だけで酒が飲める」という比喩表現を、よく耳にします。

たとえば、文具好きなら、万年筆を眺めているだけで酒が飲める。
時計好きなら、機械式時計のムーブメントを眺めているだけで酒が飲める。
そして我々ギターマニアなら、アーチトップのリカーブを眺めているだけで酒が飲める。

少し「リカーブ」は攻めすぎた気もしますが、言いたいことは伝わるのではないかと思います。

この表現、よく考えるとなかなか面白いものです。

「酒が飲める」と言っているからといって、実際に酒の話をしているわけではありません。
言いたいのは、それ単体で十分に味わえる、眺めていられる、語っていられる、ということなのでしょう。

ただし、ここには少し条件があるように思います。

たとえば、

「このオーディオシステムで音楽を聴くだけで酒が飲める」

と言った場合、もちろん意味は分かります。
素晴らしい音で音楽を聴きながら、ゆっくり酒を飲む。
それはそれで、とても豊かな時間です。

しかし、少し当たり前すぎる気もします。
オーディオは、本来、音楽を聴くための装置です。
その装置で音楽を聴きながら酒を飲むというのは、用途としてあまりにも自然です。

ところが、これが、

「ターンテーブルが回っている様子を眺めているだけで酒が飲める」

となると、急に成立する気がします。

なぜでしょうか。

おそらく、「〇〇だけで酒が飲める」という表現が本当に力を持つのは、本来の用途から少し外れた部分を愛でているときなのだと思います。

万年筆は、本来、文字を書くための道具です。
けれど、ペン先の形や軸の模様、キャップを閉めたときの感触、机の上に置かれた佇まいだけで満足できる人がいる。

ギターは、本来、音を出し、音楽を奏でる楽器です。
けれど、ボディのアーチ、リカーブの陰影、塗装の深み、インレイの細工、テールピースの造形を眺めているだけで、しばらく時間を過ごせる人がいる。

オーディオも同じです。
音楽を聴くための装置でありながら、ターンテーブルの回転、針が盤面に落ちる瞬間の研ぎ澄まされ様、アンプの灯り、メーターの動き、機器そのものの佇まいに心を奪われる人がいる。

つまり、道具が本来の機能を果たす前から、すでに鑑賞の対象になっている。

「良い音だから酒が飲める」ではなく、音を出す前から、もう酒が飲める。
「よく書けるから酒が飲める」ではなく、書く前から、もう酒が飲める。
「よく鳴るから酒が飲める」ではなく、鳴らす前から、もう酒が飲める。

この少し歪んだ、しかし本人にとってはえも言われぬ感覚こそ、マニア的な楽しみのひとつではないでしょうか。

他人から見れば、些細な部分かもしれません。
むしろ、些細であればあるほど良いのかもしれません。

ギターのリカーブなど、興味のない人からすれば「板が曲がっている」くらいの話でしょう。
しかし、その曲がり方、陰影、削りの深さ、全体のバランスに心を奪われる人間もいます。

普通なら、それらは主役ではないのかもしれませんし、演奏や実用とは少し別の楽しみです。

もちろん、楽器は弾かれてこそ、という考え方は正しいと思います。
その正しさを否定するつもりはありません。

ただ、Archtop Archiveでは常々申しておりますが、正しい楽しみ方だけが、物との付き合い方ではないとも思うのです。

この「本来の用途(正しい楽しみ方)の外」にあるもの。
そこに心を置けるかどうか。

「〇〇だけで酒が飲める」という表現は、その感覚をかなり的確に表しているのではないかと思います。

好きが深く、あるいは少々重くなってくると、そうした周辺的な部分までも、十分に味わいの対象になってくるのでしょう。

単に、好きなものを楽しんでいるだけではありません。
本来なら見過ごされてしまうような部分にまで、自分だけの味わいどころを見つけてしまう。
それは、少々厄介なマニアたちにだけ通じる、ひとつの共通認識なのだと思います。

そう考えると、我々がギターのリカーブを眺めているだけで酒が飲める、というのも、決しておかしな話ではありません。

おかしくない、はずです。

家内は1mmも認めてくれませんが。

一方で、息子たちは1mmと言わず、わりと分かってくれているようにも見えます。
それはそれで嬉しいのですが、逆に彼らの行く末が少し心配になってきています……。

なお、この「酒が飲める」という表現には、似た言い回しもいくつかあります。
また、お酒を飲まない人にとって、この感覚はどのように言い換えられるのか、という問題もあります。

そのあたりは、また別の機会に考えてみたいと思います。

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